桂才賀(かつら・さいが)さん、74歳で死去 – 落語界の巨星が逝く
落語家の桂才賀(本名・谷富夫=たに・とみお)さんが、2025年2月21日に虚血性心疾患のため亡くなりました。享年74歳。東京都大田区出身で、落語協会に所属していました。通夜は2月25日、葬儀・告別式は26日に東京・台東区の「徳雲会館」で行われる予定です。
桂才賀さんの経歴
基本情報
- 生年月日: 1950年7月12日
- 出身地: 東京都
学歴と入門
- 1969年: 自由ヶ丘学園高校を卒業後、九代目桂文治に入門を申し込むが、「自衛隊に3年入隊なさい」と言われ、海上自衛隊に入隊(舞鶴101期)。
- 1972年: 自衛隊の任期を終えた後、九代目桂文治に入門し、前座名「文太」を名乗る。
芸歴
- 1977年: 二ツ目に昇進。
- 1978年: 師匠の九代目桂文治が他界したため、古今亭志ん朝門下に移籍し、「古今亭朝次」と改名。
- 1980年: 日本テレビ「笑点」の若手大喜利に出演し、同年10月からレギュラーメンバーに昇格。
- 1985年: 真打に昇進し、七代目桂才賀を襲名。昇進披露は「笑点」内で行われた。
慰問活動
- 1988年: 法務省から少年院篤志面接委員に任命され、全国の少年院を訪問し、青少年との本音のつき合いを深める活動を開始。以降、刑務所や拘置所への慰問活動も行い、慰問回数は1000回を超える。
著書
- 『刑務所通いはやめられねぇ』(2008年): 慰問活動の経験を綴った著書。
- 『子供を叱れない大人たちへ』(2003年): 少年院の子供たちからのメッセージをまとめた本。
受賞歴
- 2006年: 社会貢献賞受賞
- 2009年: 法務大臣賞受賞。
最後の出演
彼の最後の寄席出演は、2024年11月16日に東京・新宿の末広亭で行われました。
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ホッソー
桂才賀(かつら・さいが)さんは、落語界で「ムショ帰りのはなし家」という愛称で親しまれていました。この愛称は、彼が少年院や刑務所への慰問活動を行っていたことに由来しています。彼のユーモアと人間味あふれるキャラクターは、多くのファンに愛され、特に「笑点」ではその独特の存在感で視聴者を楽しませました。桂才賀さんは、落語家としての活動だけでなく、社会貢献にも力を入れ、青少年育成に寄与したことから、彼の名前は多くの人々の記憶に残ることでしょう。彼の死去は、落語界にとって大きな損失であり、彼の功績と人柄は永遠に語り継がれることでしょう。
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