野球・日本ハムの野村佑希が結婚!?どんな人?経歴を探る!

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日本ハム野村佑希内野手が結婚発表!一般女性と入籍「大きな味方ができた」

プロ8年目の25歳、TV番組でサプライズ報告

北海道日本ハムファイターズの野村佑希選手が3月3日、札幌テレビの情報番組「どさんこワイド朝」内の自身の冠コーナー「ジェイのひとりごと」で、オフシーズン中に一般女性と結婚したことを発表しました。

冠コーナー「ジェイのひとりごと」で結婚を明かす

番組から「どうですか最近?」とプライベートの近況を問われ、「別に大きく言うことでもないかもしれないですけど、普通に結婚したっていうぐらいじゃないですか。結婚しました。オフの間に入籍させていただきました」と、結婚していたことを明かしました。

お相手の特徴を似顔絵で紹介

お相手の似顔絵も披露し、「目がちょっとキリッとしているのと、歯並びがめちゃめちゃきれい」と、説明しました。野村は球団を通じて「お相手は明るく、いつも自然体で僕を支えてくれる方です。どんな時も変わらず寄り添ってくれたことに、心から感謝しています。これからは家族を守る立場として、より一層の自覚と責任を持ち、野球に取り組んでいきます」とコメントしています。

「大きな味方ができた」と決意を新たに

「なかなか厳しい世界ですけど大きな味方ができたことですし、一緒に戦っていければと思いますし、幸せな家庭を築いていけたらなと思います」と、気持ちを新たにしました。野村選手はファンに向けて「実はご報告があります。このたび、結婚しました。変わらず応援していただけるとうれしいです」と話しました。

野村佑希選手の詳しいプロフィールと生い立ち

アメリカ生まれ、群馬育ちのスラッガー

野村佑希選手は、2000年6月26日、アメリカ合衆国ミシガン州ハウエルで出生しました。実父がアメリカへ赴任していた際に出生し、出生時の体重は4,500gで、実父の赴任期間終了に伴って、1歳半から群馬県伊勢崎市へ移住しました。現在は右投右打の内野手・外野手として北海道日本ハムファイターズに所属しています。

少年・中学時代から注目の逸材

伊勢崎市立境剛志小学校2年時に、投手兼三塁手として、剛志ジュニアーズで軟式野球を始めました。伊勢崎市立境西中学校時代は、近隣の太田市に拠点を置く太田市リトルシニアに所属。3年時には、身長184cm・体重80kgという大柄な体格の投手として、ストレートで135km/hを計測していました。

高校時代(花咲徳栄高校)の輝かしい実績

監督の目に留まり名門校へ進学

中学3年時の対外試合で、対戦相手のチームを視察していた岩井隆(花咲徳栄高校硬式野球部監督)の目に留まったことをきっかけに同校へ進学しました。

1年生:投手からスラッガーへの転向

進学当初は投手専任で、2学年先輩の高橋昂也や1学年先輩の清水達也などとしのぎを削っていましたが、夏の第98回全国高等学校野球選手権大会ではベンチ入りを逃しました。1年時の秋から「4番・一塁手」として対外試合への出場を始めると、6本の本塁打を記録しました。

2年生:甲子園優勝の立役者

冬場にハンマーを使ったトレーニングなどで長打力をさらに伸ばすと、投手兼左翼手として臨んだ2年時春の埼玉県大会3回戦・対大宮東高校戦で、大宮公園球場のバックスクリーンへ本塁打を打ち、一躍注目されました。

「4番・一塁手」として出場した2年夏の第99回全国高等学校野球選手権大会では、埼玉大会で打率.407を記録。1学年先輩の清水達也や西川愛也などと共に、チームの埼玉大会3連覇に貢献しました。甲子園球場での本大会では、決勝までの全6試合で安打を打ったほか、通算25打数で13安打を記録。チームおよび埼玉代表としては初めての選手権全国制覇を果たしました。

3年生:主将・エースとして背番号1

3年時の春から主将を任されると、3年時夏の第100回全国高等学校野球選手権大会では、背番号1の投手として北埼玉大会で優勝。本大会でも先発投手として2試合に登板すると、4番打者として初戦から2試合連続本塁打を打ちました。

花咲徳栄高校時代に対外試合で通算58本塁打を記録した右のスラッガーで、当時から内角の球に強いことを自認していました。

プロ入りとドラフト

2018年10月25日に行われたドラフト会議では、内野手として北海道日本ハムファイターズから2位指名を受け、契約金6000万円、年俸600万円という条件で入団しました。背番号は24でした。

プロ入り後の年度別成績

2019年:怪我に苦しむ

2019年は、春季キャンプを二軍で迎えた。以降もただ1人二軍生活に終始したが、イースタン・リーグ公式戦では、通算75試合の出場で打率.245、5本塁打、32打点という成績を残していました。しかし、8月31日に左股関節の後方亜脱臼で全治5か月と診断されたため、シーズンの終盤からは患部の手術とリハビリに専念しました。

2020年:プロ初出場・初安打

2020年は、春季キャンプを二軍で迎えながら、レギュラーシーズンの開幕前に組まれた練習試合で5試合でチーム最多の3本塁打を記録しました。6月19日の埼玉西武ライオンズとの開幕戦に、「8番・三塁手」として先発出場で一軍公式戦へのデビューを果たしました。6月25日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦では一軍公式戦初安打・初打点を含む4打数3安打3打点を記録しました。

2021年:自己最多99試合出場

オープン戦で打率.342、3本塁打と好調で、開幕戦に「6番・三塁手」として先発出場しました。自己最多の99試合に出場して打率.267、7本塁打、37打点の成績を残しましたが、打撃では得点圏打率が.214、守備ではリーグワースト2位の16失策と課題を残しました。

2022年:背番号5へ変更

シーズン通算で93試合に出場、チーム最多となる52試合で4番打者として出場し、打率.279、6本塁打、36打点を記録しました。背番号を5に変更しました。

2023年:初の開幕4番、規定打席到達

自身初の開幕4番を務めました。4月14日に行われた西武戦の3回裏に松本航から先制となる3号3点本塁打を打ち、これが新本拠地であるエスコンフィールドHOKKAIDOでの球団初の本塁打となりました。最終的に自身初の規定打席に到達し、打率.236、13本塁打、43打点を記録しました。

2024年:低迷のシーズン

開幕一軍入りとなりましたが、開幕戦からの8試合で打率.077と結果を残せず4月12日に登録を抹消されました。二軍では打率.349、14本塁打を記録しましたが、一軍では56試合の出場で打率.210、2本塁打、9打点と低迷しました。

2025年:復活の兆し

3月30日の対西武戦でシーズン初本塁打からの2打席連続本塁打を含む、自己最多となる1試合6打点を記録し、チームで63年ぶりとなる開幕3戦3勝に貢献しました。8月19日の対オリックス戦では2点を追う9回二死満塁の打席でアンドレス・マチャドから逆転サヨナラ3点適時二塁打を放ちました。シーズン通算では101試合に出場し、打率.268、8本塁打、35打点を記録しました。

守備面での特徴とユーティリティ化

日本ハムへの入団後は、主に三塁手として起用されていますが、失策が多く三塁の守備に課題を抱えています。2023年度は一塁手での起用が増え、左翼手としても起用されるようになりました。

2026年春季キャンプでは二塁守備にも挑戦しており、ユーティリティプレーヤーとしての可能性を広げています。

ホッソー
ホッソー

野村佑希選手は、花咲徳栄高校時代に甲子園優勝という輝かしい実績を残し、プロ2位指名でファイターズに入団。プロ入り後は股関節の怪我に苦しみながらも、2023年には初の開幕4番を務めるなど、将来の主砲として期待され続けてきました。2023年末のトークショーでは「結婚は想像できない」と話していた野村選手ですが、今回の結婚発表で「大きな味方ができた」と明かし、家族の支えを得て新たなステージへと進むことになりました。2025年シーズンは復調の兆しを見せ、劇的なサヨナラ打を含む101試合に出場。2026年春季キャンプでは二塁守備にも挑戦するなど、ユーティリティプレーヤーとしての可能性を広げています。オープン戦で好調な成績を残している今、結婚という人生の大きな節目を迎えた25歳のスラッガーが、2026年シーズンでどのような活躍を見せるのか、ファンの期待は高まるばかりです。「幸せな家庭を築いていけたら」という野村選手の言葉通り、公私ともに充実したシーズンとなることを期待しましょう。

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